「戦争と医学医療研究会」2021年秋の研究集会の一般演題の発表者と発表内容は次の通りです。
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1. 2019年『日本生物武器作戦調査資料』を用いたGHQ・法務局による100部隊の細菌戦活動の解析
小河 孝(元・農水省家畜衛生試験場疫学研究室)
中国で編集された近藤昭二・王選編『日本生物武器作戦調査資料』第六冊(2019年)を解読し、先行著書を参照してGHQ・法務局(LS)による戦争犯罪調査の経緯を再検討した。LSの細菌戦追及は「西村武から日付の無い手紙を受け取ったことが調査の発端」とされたが、その前に紀野猛の手紙(1946年2月10日付)が存在した。西村と紀野のふたつの手紙は、共に戦争犯罪人として山口本治、若松有次郎、保坂安太郎、山下四郎を告発していた。次に山口と若松の尋問記録を解読、西村と紀野の尋問と比較した。西村と紀野は、山口と若や人体実験の関与が疑われると述べた。しかし、目撃証言でなく噂の範囲内であった。山口と若松は鼻疽の治療や研究を行ったが、戦争捕虜の感染実験や解剖を否定した。LSのニール・スミスは覚書で「両人が面接と会話で示唆した申し立ては、伝聞証拠(噂)の域を出ず、決定的な証拠がない」と最終結論を下した。
2.石井部隊と軍用ワクチン
末永恵子(福島県立医科大学)
陸軍用ワクチン・血清の供給は、主に陸軍軍医学校、関東軍防疫部(のちに関東軍防疫給水部)と占領地の各防疫給水部が行っていた。そのワクチン開発の過程では、非人道的実験が行われていたことが明らかにされている。しかし、それにより製造されたワクチンの価格決定に、石井四郎の意向が反映していたことは知られていない。報告者は、日中戦争が拡大する時期、すなわち軍用ワクチンの大量需要が見込まれた時期に、石井の要望によりワクチン単価が約6.4倍に釣り上げられた事実を金原節三『陸軍省業務日誌摘録』の中に発見した。この単価引上げが石井部隊の予算確保につながっていた可能性がある。石井部隊の予算については参謀本部と陸軍省で協議・調整して決定していたとの指摘があるものの、その詳細は不明であった。本報告は、部隊予算の実態解明に向けて、軍用ワクチン単価と石井部隊の予算の関係について明らかにしたい。
3.医師金田光雄 『医学評論アウシュビッツ』を邦訳紹介した元軍医について
大野義一朗(東京勤労者医療会 野田南部診療所)
アウシュビッツ収容所で「医学医療」の名の下におこなわれた残虐行為は医の倫理を問うものとして現在も検証研究が続いている。クラクフでは「医学評論アウシュビッツ」が1961年から毎年20年以上発行されていた。その第1号を医師金田光雄が邦訳した。いくつもの出版社に断られながら苦労の末1982年に刊行され、アウシュビッツを初めて紹介した医学書となった。金田医師について彼の残した文章、家族からの聞き取りを元に検証した。
金田光雄(1912―2008)は外資系会社に勤務し外国人と交流のある父の影響で開放的な雰囲気の家庭で育ち人の役に立ちたいと医師を目指した。15年戦争のさなかに医学専門学校を卒業し時代の要請で軍医となり中国に赴任した。中国で体験したのは戦争が医学や医師を残虐なものに変質させることだった。アウシュビッツの報告書はそのことを余すことなく示しており、さらに過ちを隠すことなく明らかにして未来へ伝えようとする点に金田は共感した。