秋の研究集会の記念講演抄録

2025/10/03

研究集会・研究会

  2025秋の研究集会(第55回定例研究会、10月26日、東京大空襲・戦災資料センター、Zoom会議室併用)の記念講演の抄録です。研究集会の開催要領と参加申し込みはこちらのページをごらんください。

日本軍兵士-帝国陸海軍の現実-多くの悲劇は何を語るか

吉田 裕氏(東京大空襲・戦災資料センター館長)

 日本が近代国家としての歩みを始める中で、戦史研究を中心にした近代的な軍事史研究が発展を始める。しかし、日本の軍事史研究には独特の性格があった。諸外国においては20世紀に入ると一般の歴史研究者が戦史研究に参入していくようになるが、日本においては一般の大学において戦史に関する研究・教育が行われることはなく、軍事組織による独占が続いた。また批判的な分析は許されず、軍事史は「皇軍」の正統性を論証するための学問だった。
 敗戦によって、こうした軍事史は崩壊する。しかし、戦後の日本では、平和主義的な意識が根強かったため、軍事史研究は長い間、忌避されてきた 。ようやく、1990年代頃から、戦争や軍隊を社会史・民衆史・地域史などの視点から捉え直す新しい軍事史研究が台頭してくる 。とは言え、戦闘そのものの歴史研究(戦史研究)は手つかずのままであり、歴史研究者が戦史研究を避ける傾向が続いている 。研究者としての私がやってきたことは、戦史研究の分野に歴史学の側から割って入り、戦闘や軍隊を民衆史・社会史の側から、そして兵士の視点からとらえ直すことだった。そのことによって、戦場のリアルな実態を明らかにすることに力を注いできたつもりである。
 『日本軍兵士』(中公新書、2017年)では、特にアジア・太平洋戦争の時期における無残な大量死の実態の解明に取り組んだ。『続・日本軍兵士』(中公新書、2025年)では、この無残な大量死の歴史的背景を明らかにするため、戦病死の問題を軸に、日清戦争までさかのぼって近代日本の戦争の歴史を概観した。
 その歴史的な分析からいえることは、日清戦争では戦病死率は9割にも達したが、日露戦争以降、満州事変までの戦争においては、軍事衛生や軍事医療の面でかなりの改革・改良がみられたという事実である。しかし、日中戦争の長期化とアジア・太平洋戦争によって、それは挫折・退行し、日露戦争以前の水準にまで後戻りしてしまった。その結果、アジア・太平洋戦争の時点では軍事衛生・軍事医療の面でも米軍との間に決定的な格差・立ち後れが生じていたのである。
 この講演では、以上の分析を再度整理しつつ、次のような問題にも言及したい。1つは、兵役や戦没率などに見られる「犠牲の不平等」という問題である。もうひとつは加害と被害の重層性という問題である。また、また現在の自衛隊が抱える諸問題にも言及してみたい。