声明 日本学術会議会員人事への政治介入に抗議し、撤回を求める
この度の菅義偉首相による日本学術会議会員候補6名の任命拒否は、わが国が戦後、日本国憲法の下で保障されてきた学問の自由を、政治権力が問答無用で脅かす事態として、科学者はもとより、広く社会に抗議の声がひろがっている。
日本学術会議は、戦前、日本の科学および科学者が政治権力さらに軍部の支配下に置かれ、戦争に協力加担・動員された痛苦の歴史の反省を踏まえてスタートした。1949年1月、その発足にあたっての声明(決意表明文)では、「今後は、科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓うものである。・・・われわれは、日本国憲法の保障する思想と良心の自由及び言論の自由を確保するとともに、科学者の総意の下に、人類の平和のためあまねく世界の学界と提携して学術の進歩に寄与するよう万全の努力を傾注すべきことを期する」と宣言している。
日本学術会議法では、会員は「内閣総理大臣が任命する」(第7条)とされつつも、その手順は「優れた研究又は業績がある科学者のうちから、会員の候補者を選考し、内閣総理大臣に推薦する」(第17条)としている。即ち、学術会議自身が各専門の見地からふさわしいとして推薦し、それを首相が任命するルールとされてきた。事実、その後の経過の中で、時の首相を含めた政府の国会答弁や確認文書の中で、‟首相による任命は、あくまでも形式であり、実態は日本学術会議の主体的判断を尊重し、そのことにより学問の自由を保障する”というものであった。これらを踏まえ、日本学術会議は‟政府機関”ではあるものの、政府からは独立した学術専門の組織として存在してきた。しかるに、今回の菅首相による任命拒否は、不法不当な横暴、学問の自由の侵害と断じざるを得ない。
菅首相はこの間、メディアのインタビューで問われ、6人の任命拒否をできるとした根拠に、「学術会議会員は特別公務員である」として憲法第15条を持ち出し、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である」、「首相は国民に選ばれた国民の代表であり、特別公務員の任命を拒否できる」などと強弁している。また、特に6人を任命拒否した根拠は、「総合的・俯瞰的に判断した」と繰り返すばかりである。世論調査では、肝心の国民の多くがこの任命拒否に疑問を持ち、首相の説明に納得していない。この菅首相や政権の論理は、政治権力を握った者は、例え法を曲げても何でもできるという、まさに独裁である。あのヒトラーでも独裁体制を築くプロセスでは、強権を用いつつも全権委任法の国会可決という手順が踏まれていた。
政権がこのような暴挙に出た経緯には、日本学術会議が、政府の進める軍事研究に非協力であること、そして任命拒否された6人が、集団的自衛権行使容認や秘密保護法制定などに対し、憲法に反するとして政府案に反対する発言をしていたこととの関連が指摘されている。先日のテレビ討論で、自民党の柴山昌彦幹事長代理が学術会議の人事問題の議論の中で、日本学術会議が軍事研究に非協力であることに不満を公言し、それが露わになった。そして政府・与党は、学術会議会員の任命拒否問題から、学術会議の在り方へ問題を逸らすことに躍起となっている。
しかしこの問題は、わが国の学問の自由のみならず、日本の今後の歩む方向にかかわる重大な問題である。山極寿一学術会議前会長が「国の最高権力者が『意に沿わないものは理由なく切る』と言い出したら、国中にその空気が広がる。あちこちで同じことが起き、民主的に人を選ぶことができなくなり、権威に忖度する傾向が強まる。それは着実に全体主義国家への階段を上っていくことになる」と警告している(朝日新聞10月22日)が、まさに同感である。
日中戦争・太平洋戦争で少なくない日本の医学者・医師は、軍に協力し731部隊などで細菌兵器開発のための研究を進め、多くの他国民の虐殺に関与した。しかしこうした戦争医学犯罪に加担した医学者・医師も日本国政府もその詳細を明らかにしてこなかった。15年戦争と日本の医学医療研究会は、医学が平和の基礎となり人類の福祉増進のために貢献することを願い、過去の医師・医学者の戦争加担の実態を検証することをめざして発足し、科学者と軍事研究の関わりなどの危険性を明らかにしてきた。
本研究会は、こうした設立趣旨を踏まえ、今回の菅首相による日本学術会議会員候補6名の任命拒否に強く抗議し、改めて6人の任命を求めるものである。
2020年10月30日
15年戦争と日本の医学医療研究会(日本学術会議協力学術研究団体)幹事会